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高知医療センターに続く歴史

2014/09/01

高知県・高知市病院企業団立高知医療センターは、高知県下に良質な医療を提供してきた高知県立中央病院(400床)と高知市立市民病院(410床)という設立母体が異なる二つの中核病院が統合して平成17年2月26日に開院した病院です。両病院とも建物の老朽化、狭隘化などから病院移転を余儀なくされ、スケールメリットを活かし集学的な医療による高度医療などの機能充実を図り、医療資源を効率的に活用できるように、日本で初めての県と市という異なる自治体間で統合しました。

開院から年月がたち高知医療センターの前史である高知県立中央病院と高知市立市民病院のことを知る人も少なくなってきましたので、ここに両院の歴史を記しておきます。


高知県立中央病院 高知市立市民病院

左写真:高知県立中央病院
右写真:高知市立市民病院

高知県立中央病院の沿革

昭和16年に政府は日本医療団という機関を設けて戦時体制下における一般医療施設と当時特に不足していた結核病床の整備を行うことになった。昭和19年に日本医療団高知県支部は高知市中島町にあった武田病院の譲渡を受けて、これに日本医療団高知中央病院と命名した。昭和22年2月に政府は日本医療団の解散を決定し厚生省からは解散に伴う措置として結核療養所はすべて国立に移管する、一般医療施設は出来るだけ都道府県立として公的医療機関の整備に役立てる様にとの指示が出された。

昭和23年5月1日 高知市中島町の高知中央病院(100床)と高知市横浜の横浜分院(50床)を日本医療団から高知県が引継ぎ、高知県立中央病院として発足。中央病院の診療科は7科(内科、外科、小児科、産科、婦人科、皮膚科、泌尿器科)、横浜分院の診療科は1科(内科)。
昭和24年10月 本館外来診療棟改築に着手し、昭和25年6月完成。
昭和25年8月 完全給食実施。
昭和25年12月26日 診療科目の皮膚科、泌尿器科を削り、耳鼻咽喉科、眼科を加える。
昭和26年7月 完全看護実施。
昭和30年7月21日 診療科目に放射線科を加える。
昭和32年4月1日 県に病院局が設置され地方公営企業法を適用する。
皮膚泌尿器科を新設。
昭和36年10月1日 総合病院の認可を受ける。
昭和39年4月1日 整形外科、麻酔科、臨床検査科を新設。
昭和39年12月26日 高知市中新町74(町名変更により現在は桜井町2丁目)に地下1階・地上6階建の近代病院として新築移転工事着手し昭和41年8月31日完成。
昭和41年9月13日 新病院落成式挙行。
昭和41年9月23日 新病院の業務を開始。
診療科目に神経科、呼吸器科、消化器科、脳神経外科、理学診療科を加え、皮膚泌尿器科を皮膚科と泌尿器科に分離。
昭和41年11月3日 横浜分院を廃止し、新病院に統合する。
昭和45年8月21日 10号台風による被災(地下浸水)。
昭和47年4月1日 胃腸科を開設。
昭和49年10月1日 一般病棟に特2類看護を実施。
昭和49年11月30日 看護婦宿舎(五台山)完成。
昭和53年3月31日 中央病院別館(3階建)新築工事完成。
集中治療室(ICU)を設置。
昭和60年4月1日 神経科を神経内科に改称。
昭和62年9月1日 更生医療(腎移植に関する医療)担当医療機関の指定。
平成元年7月1日 基準看護(特3類)の実施。
平成2年4月1日 精神科開設。
平成5年4月1日 小児外科開設。
平成6年9月 「高知県立中央病院・高知市立市民病院統合検討委員会」発足
平成6年10月1日 新看護の実施。
一般病棟(350床)2対1看護(A)
結核病棟(50床)3対1看護(A)6対1看補
平成8年4月 「高知県立中央病院・高知市立市民病院統合問題合同検討チーム」発足
平成8年10月1日 理学診療科をリハビリテーション科に改称。
平成9年8月1日 アレルギー科開設。
平成10年4月1日 心療内科開設。
平成14年4月1日 呼吸器外科開設。
外来統一診療録制の開始。
平成14年8月13日 地域がん診療拠点病院の指定。
平成15年4月1日 総合診療科開設。
1患者1診療録開始。
平成16年4月1日 高知県・高知市病院組合立高知中央病院と名称を変更。
平成17年2月13日 高知医療センター開院式。
平成17年2月26日 高知医療センターへ患者移送。高知医療センター開設。
平成17年3月1日 高知医療センター外来診療開始。

中島町の高知県立中央病院

中島町の高知県立中央病院



受付風景(中島町)

受付風景(中島町)



横浜分院

横浜分院



昭和41年 新築移転落成式

昭和41年 新築移転落成式



昭和41年 高知県立中央病院全景

昭和41年 高知県立中央病院全景



平成10年 総合案内

平成10年 総合案内



平成10年 高知県立中央病院全景

高知県立中央病院歴代院長

  • 初代院長 筒井龍三 (昭和23年〜昭和25年)
  • 2代院長 柴藤貞一郎(昭和25年〜昭和31年)
  • 3代院長 小池藤太郎(昭和31年〜昭和40年)
  • 4代院長 田中早苗 (昭和40年〜昭和42年)
  • 5代院長 藤井昌富 (昭和42年〜昭和54年)
  • 6代院長 近藤慶二 (昭和54年〜平成4年)
  • 7代院長 熊野 修 (平成4年〜平成7年)
  • 8代院長 高橋 功 (平成7年〜平成14年)
  • 9代院長 堀見忠司 (平成14年〜平成16年)

高知市立市民病院の沿革

明治26年に高知市立伝染病隔離病舎(30床)として潮江村に設立され、明治31年に高知市西弘小路5番地(現丸ノ内1丁目7番45号)に移転改築し、高知市立伝染病院(2月1日県知事認可)として発足し、この年の4月1日を高知市立市民病院の開設日としている。
大正14年に高知市立城西病院と改称し、昭和24年8月に高知市立厚生病院と改称して一般病科(内科、外科、産婦人科、計86床)、伝染病科(36床)の2科を設置した。市立厚生病院は設備を拡充、名実ともに総合病院となったのを機会にさらに市民に親しみをもたす意味で昭和25年に「市民病院」と三度目の改称を行った。
 

昭和25年9月 高知市立市民病院と改称し、耳鼻咽喉科、眼科の2科を増設。
昭和28年4月 皮膚泌尿器科、歯科、放射線科の3科を増設。
結核病棟(100床)、産院1棟(20床)を増設。
昭和31年3月 市立潮江市民病院開院(一般80床、結核40床、計120床)。
昭和32年6月 伝染病科を分離して市立伝染病院とする。
昭和33年5月 呼吸器科を増設。
昭和35年3月 市立伝染病院を廃止して市民病院に併設し、隔離病舎とする。
診療科目を内科(小児科を含む)、外科、呼吸器科、産婦人科、耳鼻咽喉科、眼科、皮膚泌尿器科、歯科、放射線科の9科とし、病床は一般200床、結核84床、伝染36床の合計320床とする。
昭和36年7月 昭和13年建築の木造二階建て病舎を鉄筋コンクリート五階建に改築するため病舎改築起工式を行う(10日)。
昭和37年11月 一般病舎落成式。
昭和38年7月 総合病院の認可を受ける。
診療科目を内科、小児科、呼吸器科、外科、整形外科、産婦人科、耳鼻咽喉科、眼科、皮膚泌尿器科、放射線科、歯科の11科とする。
昭和40年8月 産婦人科を産科と婦人科に分離し、麻酔科、臨床検査科、伝染病科を加え15科とする。
昭和42年1月 診療科目に循環器科を加え16科とする。
昭和44年7月 市立潮江市民病院を統合する。
診療科目に消化器科、新陳代謝科、神経科、脳神経外科、胸部外科、病理検査科、理学診療科を新設し、産科・婦人科を統合、皮膚科・泌尿器科を分離し22科とし、病床は一般280床、結核124床、伝染45床の合計449床(別にベビー病床25床)とする。
昭和46年4月 診療科目は耳鼻咽喉科、形成外科を分離し23科とする。
昭和46年7月 コンピュータ−(PDP-12A型)を導入し、膨大かつ多岐にわたるデータ分析処理にあたる。
昭和54年7月 新病院発足(市立潮江市民病院統合後)10周年記念行事を実施。
昭和59年4月 診療科目は新陳代謝科を廃止し、胸部外科を心臓血管外科及び呼吸器外科とし、小児外科を新設、臨床検査科と病理検査科を臨床病理検査科に統合し23科とする。
昭和60年3月 看護婦宿舎及び院内保育所新築。
昭和61年1月 病床を一般352床、結核52床、伝染45床の合計449床とする。
昭和63年7月 高知市医師会と医療機器の共同利用についての覚書を締結。
昭和63年9月 基準看護(特3類)の承認・・・北3階病棟
平成2年1月 高知市医師会オープンシステムの高知市立市民病院での実施。
平成4年4月 中央カルテシステムの実施。
平成6年9月 「高知県立中央病院・高知市立市民病院統合検討委員会」発足
平成6年10月 新看護届出
一般病棟2.5対1A、10対1看補・結核病棟3対1A、8対1看補
平成7年11月 外来オーダリングシステム開始(全オーダリングシステム本格稼働)
平成8年4月 「高知県立中央病院・高知市立市民病院統合問題合同検討チーム」発足
平成8年12月 診療科目は歯科口腔外科を加え、臨床病理検査科を病理診断科及び臨床検査科に、理学診療科をリハビリテーション科に改め25科とする。
平成10年4月 開設100周年記念式典、記念講演会開催。
平成10年9月 新看護届出
一般病棟2対1A・結核病棟3対1A、8対1看補
平成11年4月 病床を一般352床、結核52床、感染6床の合計410床とする。
平成12年10月 高知市歯科医師会オープンシステムの高知市立市民病院での実施取り決め。
平成15年3月 病床を一般336床、結核52床、感染6床の合計394床とする。
平成15年4月 病床を一般325床、結核52床、感染6床の合計383床とする。
平成15年7月 病床を一般319床、結核52床、感染6床の合計377床とする。
平成15年9月 病床を一般308床、結核52床、感染6床の合計366床とする。
平成16年4月1日 高知県・高知市病院組合立高知市民病院と名称を変更。
平成17年2月13日 高知医療センター開院式。
平成17年2月26日 高知医療センターへ患者移送。高知医療センター開設。
平成17年3月1日 高知医療センター外来診療開始。


昭和28年頃 病院管理棟をバックに集合写真

昭和28年頃 病院管理棟をバックに集合写真



昭和29年頃 市民病院玄関、院長の送迎用公用車

昭和29年頃 市民病院玄関、院長の送迎用公用車



昭和37年 建築中の一般病舎

昭和37年 建築中の一般病舎


昭和42年 市民病院玄関

昭和42年 市民病院玄関



昭和42年頃 市民病院病棟 昭和42年頃 市民病院病棟

昭和42年頃 市民病院病棟



昭和46年 コンピューター導入

昭和46年 コンピューター導入



昭和54年 市民病院

昭和54年 市民病院



平成10年 ナースステーション

平成10年 ナースステーション

高知市立市民病院歴代院長  

  • 初代院長 山崎祐保(大正14年~大正15年)
  • 2代院長 川村政晤(昭和2年〜昭和3年)
  • 3代院長 手島胤敏(昭和3年〜昭和8年)
  • 4代院長 近藤東一郎(昭和8年〜昭和21年)
  • 5代院長 石川 侃 (昭和21年〜昭和30年)
  • 6代院長 吉田哲夫 (昭和30年〜昭和33年)
  • 7代院長 山崎求巳 (昭和33年〜昭和39年)
  • 8代院長 飯塚 治 (昭和39年〜昭和56年)
  • 9代院長 山本彰芳 (昭和56年〜平成8年)
  • 10代院長 森下 一 (平成8年〜平成14年)
  • 11代院長 大脇 嶺 (平成14年〜平成16年)

潮江市民病院院長

  • 初代院長 西内 巌(昭和31年〜昭和44年)

参考文献

  • 「高知県立中央病院開院二十周年」1968年発行
  • 「高知県立中央病院50周年記念誌」1998年発行
  • 「百年の歩み:高知市立市民病院」1998年発行


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