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救命救急センターに救急指導医着任(11月1日)
救命救急センター副センター長:村田 厚夫(ムラタ アツオ)大阪大学 昭和51年卒

【自己紹介】
 もともと消化器外科医(食道外科が主)でスタートした医者の人生ですが、途中から救急医療に興味を持ち、あの阪神・淡路大震災では、被災者となり、災害医療の重要性なども身をもって経験しました。
 そこで、杏林大学高度救命救急センターに移り、救急学会指導医の資格も取り、その後、九州の民間病院で4年ほど「地域医療」を中心にやってきました。その間、外傷専門医も獲得して、本格的に、救急医療・災害医療をやる場所を見つけました。それが、ここ高知医療センターの「救命救急センター」です。
 外傷外科だけではなく、小生は以前から、我が国のNBCテロ対策関係で、主に感染症や中毒の勉強をし、また、基礎研究関係ではサイトカインのこともやっておりましたので、敗血症や多臓器不全の診断と治療、さらに重症急性膵炎(これは阪大時代からボスの小川道雄先生とやっておりました)の診断と治療などが専門です。
 重症外傷は、食道癌をやっていた関係で、消化器外科医ですが、首も胸部も腹部も手術することが出来ますし、血液浄化やPCPSなども様々な症例で経験しました。「頭を守る」のが、外傷外科の基本ですが、そのために出来ることはすべてやるのが、ボクの基本スタンスです。
 高知県は、横に広くて、救急搬送に時間がかかるという問題を抱えておりますが、それを「遠隔医療支援システム」や防災ヘリコプターの活用、将来はドクターヘリの併用やドクターカーの運用など、まだまだやるべき課題はたくさんあると考えています。
 あの阪神・淡路大震災の時に、救助に来てくれた各地の救急隊員や自衛隊員、警察官などに感謝する気持ちで、今後も「地域」(高知では、高知県全体)の救急医療・災害医療・外傷医療、そして、僻地医療に、微力ながら、医者としての「命」を捧げる覚悟で、この11月から赴任いたします。
 坂本龍馬は、「夢を追い続け」て、最後は倒れましたが、小生も、「救急車のサイレンを死ぬまで聞きながら」、残りの人生を送ります。そして、高知医療センターの救急部のスタッフの皆さんと一緒に、日夜、同じ「精神」を持って、「救命医療」、つまり「目の前の命を大切に!」をモットーに、頑張っていきますので、よろしくお願い申し上げます。